広角伊見

Vol. 04
米の生産量がヨーロッパ一のイタリア 
機械化が進む以前、出稼ぎ労働者のエネルギー源であったパニッシャ

2022 6 23

イタリアはヨーロッパで一番水田耕作面積が広く、収穫量においてもヨーロッパ産の50%以上はイタリア米であり、第2位のスペインに大きく差をつけています。

ピエモンテ州とロンバルディア州にまたがるイタリアで唯一の平原であるパダーナ平原からは遥かにアルプスを望む広大な水田地帯を見ることができます。

この2つの地域においてヴェネツィア、ジェノヴァを経てスペインから導入されたと云われる米は、1880年代末、サヴィオア家の大番頭であり1861年イタリア統一後初代首相に任じられたカヴールが推し進めたアルプスからの豊富な水を水田地帯迄灌漑用水として完成させたカヴール灌漑の完成をみて、ピエモンテ州の水田設備は完成の度合いを高めたという背景があります。

この国で丘の上にまで小麦畑があるのは主食がパンであることを物語っているとも云え、米を耕作するには田に水を張ることは必要不可欠であり灌漑設備が整っている平地のみで耕作し、農業用水を引き入れるのが難しい標高の高い処に棚田まで作ろうとはしませんでした。

ICIF開校間もない1990年代初め、燕が水田を飛び交うようになり始めた季節、イタリアネオレアリズムといわれた時代の映画「苦い米」の舞台にもなったピエモンテ州の米作地帯に170ヘクタールを所有している米作農場を見学したことがあります。

牛馬で田を反し、ベネト州、エミリアロマーナ州などから来た大勢の女性季節労働者がつばの広い麦わら帽子を被り膝まで水に浸かりながら、成長した苗を植えるのではなく田に突っ込むような田植え作業、腰を曲げながら除草するシーンは「苦い米」、やはり映画「水田地帯」のシーンにも描かれている地域に農場は在りました。

威厳さえ感じさせられる大きな館は18世紀半ば過ぎ頃に建てられ、正方形をしており一辺が100mはあろうかという大きな建物。城門を思わす正門をくぐると中庭一杯に広がるのは、長方形に区切られた面が幾面も並んでおり、これらを取り囲む路には石が敷かれ秋の収穫時になると籾を広げ天日干しする場として使っていたといいます。

もう一辺の1階には、小さな礼拝堂、乳幼児を預かる託児所、小学校の教室、雑貨屋、2階部分は年間を通じて働いている家族用にそれぞれ独立した住居が設けられていました。見学者が多いことを物語っていたのは、礼拝堂や住居部分を含む内部が随分と整理されていたことからも伺うことができました。

我々の職業柄から、この地で家族と一緒に生活を送りながら仕事に従事していたこれらの人たちの食事はどの様なものであったかをご主人が説明してくれました。

結論を先に記せば、できるだけ自分たちで賄う自給自足を基本においていたそうです。建物のもう一辺には長い厩(うまや)があり、4つ足、2本足の動物類を飼育。朝と晩に搾った牛乳でチーズを作り、雪が降り屋外で仕事ができなくなる頃には、それまでの期間をかけて太らせた豚からの肉でパンチェッタ、各種部位の肉をミンチにしたあと塩と香辛料を混ぜサルシッチャ、サラミ類を作り保存食に。

皮から削いだ脂肪を鍋に入れ水を加えて火にかけ溶かしたのを、濾して作った柔らかい脂をテラコッタの容器の底に厚めに塗り、その上に腸に詰めたサラミソーセージを並べ更に脂で覆う。このようにしておけば、夏が来るまでフレッシュな状態で保存することが可能になり、地域の郷土料理であり、明日への活力の基となるパニッシャに欠かせない食材となっていました。

館の周りではタマネギ、キャベツ、ジャガイモ、インゲン豆など長い冬に備えられるものも栽培していたそうです。

夜が短くなり再び陽が高くなる季節がまわってくれば、日がな一日足腰が立たなくなるほどの労働と暑さに耐えなければ季節は先に進むばかりで待ってくれない、腹も満たしてくれ体力を維持させてくれたのはこれらの材料を使ったパニッシャであったそうです。

このピアットウーニコ(一皿のなかに炭水化物・たんぱく質・脂質など3大栄養素が含まれている料理)は、1日10時間以上に及ぶ重労働に耐え抜ける基となっていたことは容易に想像できます。

後日、やはり米どころであるノヴァーラ近郊にレストランを構え、リゾット作りを得意とするシェフを学校にお招きして、このパニッシャを作ってもらったことがあります。必要なすべての材料はシェフ自ら準備してくれたのを使い再現してもらいました。

ラルド(豚脂肪の厚い部位に塩、ローズマリーなどハーブ類とコショウを混ぜたものを刷り込み熟成させたもの)と豚皮でタマネギ、キャベツ、一晩水に浸しておいたインゲン豆などを炒め、テラコッタの壺から取り出し手にまとわり付くような脂を取り除き粗みじん切りにしたサラミも一緒に炒め、そのあと研がない米を入れ野菜類からとったブイヨンを加えながら煮込み米がアルデンテに仕上がれば火から外し、下ろしたチーズを加えよく混ぜて完成。

シェフから皿に盛ってもらった試食の量だけでもずしんと胃にこたえ、このような重いピアットウーニコを腹に収めなければ、作業のすべてを人力でこなしていた時代が要求した料理ではなく糧であったのだと、言葉や文字だけの説明で理解するまでには到達はできないと実感させられたことを記憶しています。

Vol. 03
バッカラ Baccalà(タイセイヨウダラの塩漬け)

2022 5 10

長い半島を海に囲まれたイタリアでは、流通が発達した現在でも、漁港に近い地域では鮮魚が入手しやすく食卓に上がる機会が多いものの、少し内陸部に入ると魚介類を食べることは極端に少なくなります。しかし、地域を問わず山間部に位置するところでも、遠い中世の時代は、塩の道を通って運ばれてきた交易品目の中には、塩漬けタイセイヨウダラから作られたバッカラは必ず含まれており、素朴な形で料理され食べられていました。

バッカラは宗教的な理由から肉食を避ける日の伝統的な魚であり、塩抜きした後、スープ、フライ、煮込み料理など料理の範囲も広く、またケイパー、オリーブ、ニンニク、トマト、ジャガイモ、オリーブ・オイルなどとの相性が良いことから地方ごとに長い年月をかけて工夫された調理方法が今日に至るまで伝わっています。

東大西洋を大規模な生息地域とするタイセイヨウダラは、北太平洋で獲れるマダラより大型で重量もあり、当然身も厚いのが特徴です。腹から開き、頭と内臓を除いた後、寒風にさらしてから一匹丸ごとずつ塩漬けにします。常温保存が可能になるまで塩を浸透させれば、身は重ねて箱に詰め、ポルトガル、スペイン、フランス、イタリア、果てはタラの産地である北欧諸国から遥かに遠い中南米諸国まで大量に取引されていました。特にブラジルでは宗教的伝統食であることに加え、旧宗主国であるポルトガルの食生活の名残を食べ続けてきたと云われています。

バッカラを料理する際、一番時間を要するのが塩抜きのプロセスです。身が厚ければ途中で複数回、水を替えながら1日から2日を要すことになります。半面、料理方法はおしなべて少ない種類の材料と短い時間内に仕上がるシンプルな料理が多く、淡白な白身から滲み出てくる塩味を含んだ旨さがこの魚料理の特徴として挙げることができます。
1960年代までは年間30万トンの水揚げがあり、ごく庶民的な食材であったバッカラも、漁獲技術の進歩と乱獲がたたり、1990年代初頭には資源量が激減しました。以来、価格も大幅に上昇する結果となり、今日ではすっかり高級食材の部類に入ってしまいました。

バッカラの価格高騰とともにシンプルに調理を施し、繊細さも伴った料理としてリストランテなど高級店で供されるようになってきました。
一例をあげると、バッカラの身を厚めに切り真空パックにした後、低温真空調理法で持ち合わせている個性と旨さを閉じ込めるように火を通しておき、オーダーが入ったらパックごと湯煎で温めてからから開封、ミステカンツァ(ベビーリーフ)などと一緒に彩りよく盛り付け、オリーブの栽培北限であるガルダ湖産のライトでデリケートなエキストラバージンオリーブ・オイルをかけます。この料理が評価される様になった背景には、激減してみて気付かされた良質な材料に対し、できるだけ余計な手を加えず逸品に仕上げるという考えを可能にしてくれた調理器具類の発達なくしては、できなかったと受けとめています。

Vol. 02
サルデニアの記憶

2022 4 24

2022年日本の国民の祝日は16日ありますが、曜日の並びが良い今年は、土曜日・日曜日がお休みの方にとっては3連休となる休日が9回あります。日本は先進国の中で国民の祝日が多い国として知られており、さらに「国民の祝日に関する法律」では、国民の祝日が日曜に当たるとき、その日の以後で最も近い平日を休日(振替休日)とすると定められています。
2022年は、該当する祝日がないため、振替休日はありません。

イタリアの全国的な祝祭日数は12日です。この他、イタリアの各都市ではそれぞれの守護聖人にちなんだ祝日があります。なお、イタリアには振替休日の制度はありません。
有給休暇が21日ありますので祝祭日12日との合計は33日になり、有給休暇消化率は75%、日本の50%と比較しますと高いですね。ちなみに、有給休暇消化率100%の国は、ドイツ、スペイン、ブラジルです。

3週間も会社を閉めて弊害はないのか?
「担当者は夏季休暇中です。ご用件は来月にお願いします」このようなことに遭遇することは珍しくなく、他の人がフォローしてくれることは期待するだけ無駄です。
当然のことながら、毎年この時期を迎えると経済活動は落ち込む結果となります。

夏季休暇中みんな何処へ行くのか?
無理をせずにそれぞれの家計に見合ったところを選び出かけているようです。
そのような中でも一生に一度で良いから、サルデニア島でひと夏を過ごしてみたい、という願望に近い声を耳にすることは決して少なくありません。

サルデニア島地図

地中海でシシリー島に次いで大きな島がサルデニア島です。

私も機会があり、初夏のころからすっかり人が少なくなってしまった時期まで、サルデニア島のエメラルド海岸にあるホテルで現場実習を行いながら過ごしたことがあります。抜けるような青空の下、周りは岩山ばかりが目立つ殺伐とした風景であり、マカロニウエスタンの撮影に使われたこともあると聞き納得。

エメラルド海岸を示す道標

エメラルド海岸を示す道標。

エメラルド海岸の中心地ポルトチェルボ全景

エメラルド海岸の中心地ポルトチェルボ全景。

休日に家に戻ったスタッフが、家庭では欠かすことのできない羊のチーズをお土産に持ってきてくれたことがありました。その夜の仕事を閉めた後、スタッフ用の食堂に集まり、テーブルの真ん中に新聞紙を広げ四方を高く折り壁を作り、おもむろにチーズに横からナイフを入れ持上げるように上の蓋の部分を外すと、中から無数のウジ虫が一斉に勢いよく跳ね上がり、シェフの「急いで食え」という掛け声と共に両手でつかみ口に入れました。塩分の濃いペコリーノチーズを食べて成長したのでとろけたチーズを食べている印象を受けました。保健所も自家消費としてつくることは黙認していますが、販売することは禁止しています。珍しいものを食べたというより、島民160万人よりも羊の数が多いこの島で暑く乾燥した夏の気象条件から生まれた食文化に出会えた機会でもありました。

風の通り道にあたるのか、夜を迎えると毎晩のように吹いてくる海からの風が宿舎の木枠の窓ガラスを鳴らし、記憶の中のサルデニアはいまもあの風の音が聞こえてきます。

エメラルド海岸という名の言われを示す澄んだ海

エメラルド海岸という名の言われを示す澄んだ海。

夏場だけ営業する高級ブティック

夏場だけ営業する高級ブティック。8月を迎えると原宿の竹下通りのような混雑になる 。

Vol. 01
ユネスコ無形文化遺産登録候補にもなっているエスプレッソコーヒー
発祥の地イタリアでカフェ空間バールでのプライス

2022 4 18

イタリア北部と南部ではエスプレッソコーヒー1杯の平均価格にも開きがあります。
イタリア経済を牽引している北部は高く、南部の方は安いというのが現実です。
コーヒーを象徴する2つの都市、ナポリの平均価格が90セント(約122円 )、北部トリエステでは平均価格1.21ユーロ(約163円)。大都市のミラノでは平均価格1.03ユーロ(約139円)、ローマでは平均価格が93セント( 約126円 )と発表されています。
大都市が安いことにちょっとびっくりです。

2020年時点で世界83カ国に32,660店舗を展開する米コーヒーチェーン大手のスターバックスが2018年9月にイタリア・ミラノに初進出した際、店内に焙煎設備も併設し、1杯の価格は1.8ユーロ(約243円)だったので、高級店舗の価格です。

エスプレッソマシーンで抽出されたエスプレッソコーヒー

エスプレッソマシーンで抽出されたエスプレッソコーヒー。
少量でコーヒーのエッセンスともいえます。
高温で高い気圧をかけ短時間で抽出するため、表面にきめの細かいクレーマと呼ばれるクリーム状の泡が張り、アローマの蒸発を防ぐ蓋の役目もしています。

エスプレッソマシーンで抽出されたエスプレッソコーヒー

一般的にモカあるいはマッキネッタと呼ばれる家庭用コーヒーポットで抽出したエスプレッソコーヒー。
気圧がかかっていませんので、表面はクレーマで覆われていません。

コロナ禍に陥り、2年が過ぎても未だ先が見えず、この期間イタリアはロックダウン、その後も営業時間規制、さらには観光客の激減、戦争、原油高とネガティブな要素は重なり、インフレの波に見舞われています。全国的に2021年の値段よりは上がっていることは間違いないと判断できます。

この様な状況下でもICIF本校のあるピエモンテ州コスティリオーレ村のバールでは、一杯の価格が1.10ユーロ(約149円)、コロナ禍の下で10%値上げしたのでこれ以上のしきいを超えないように頑張りますとの返信を受け取りました。

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